晴れてよし曇りてもよし富士の山

2014-11-24

 

 
「晴れてよし曇りてもよし富士の山

もとの姿は変わらざりけり」

山岡鉄舟先生のこの言葉、大好きです。
注:山岡鉄舟先生。江戸城無血開城の立役者。剣と禅の達人。

「清水の次郎長」は17歳下の鉄舟先生に心酔し、「自分の親分は山岡鉄舟」と公言するほどだった。

私は、CHIのトレーニングの一環として、40年間も瞑想を続けています。

40年!!
今朝も瞑想タイムを楽しみました。
瞑想を終えて、晴れやかな自分の脳に飛び込んできた言葉。
「晴れてよし曇りてもよし富士の山

もとの姿は変わらざりけり」
そして、この言葉にある不動の心境を私も実感できるようになりました。

瞑想、とてもいいものです。

自分の人生を支えてくれました。
CHIの鍛錬のために20歳前後からはじめたのです。

最初の頃は、「みじめな現実からの逃避」みたいなとこ、ありました。
警察学校を一ヶ月で辞めたのがつまずきの始まり。

ちり紙交換、ハンバーガー屋の店員、アルバイト情報誌のアルバイト、生保のセールスマン、損保のセールスマン、新聞配達、闇金の集金やetc、、、、、、、、、。
世の中の地の底まで落ちて、底辺の暮らしを実体験しました。
親戚から「あんたは親類中の恥や!」とののしられました(泣)。
家に帰ると親父から罵倒され続けました。
こんな人生だったのですが。

瞑想をやっているときだけは平和な気持ちになれたのです。

あ、瞑想というのはすごく気持ちがエエのですよ。
つまり、「現実逃避」でした。
いまでも覚えていること。
20歳代のとき、「家出」をしたことがあります。

家にいると父の罵詈雑言、罵倒が凄まじいので逃げたのです。
お金もないので、神戸の新開地のエロ映画館に入りました。⇒ほんとなんです。

そこで、「情けないなあ、俺」と思いましたよ。
そこでも私は「瞑想」をしました。

エロ映画館で「瞑想」した人間も珍しいでしょう。
CHIの上達のための瞑想。
そのうちに私はCHIの力もあがりました。

ベンチプレスで140キロを8回、きちんとしたフォームであげるようにもなりました。

さらに全国放送のテレビの番組「びっくり日本新記録」の「怪力くらべ」で優勝までするようになりました。⇒本も出版されてます。
出場者は、アメフト、ラグビー、相撲の猛者ばかり。

大男ばかりでした。

さらには、アマレスのヘビー級のオリンピック代表、プロレスのサンダー杉山さんまでいたのです。
もっとも小柄で、誰も予想しなかった私が杉山さんを押さえて優勝しました!

Chi(気)の力です。
「脈拍を意識的にゆっくりする」こともできるようになりました。
しかし、But。

私は、「あかんたれ」でした。
ただ、それでも瞑想を続けました。

そう、紆余曲折はあったのですが、私の人生はいつのまにか変わりました。
40歳以上の方からは「山田先生は、自分の希望であり、奇跡のひとです」と言われるようになり、
若い方からは「山田さんみたいな親父になりたい。こんな男になりたい。そう思います。」と言われるようになりました。
「瞑想を40年続けたから」です。

40年!!

我ながら、「すごいなあ!」と感心します。

そして、今日。

晴れやかな自分の脳に飛び込んできた言葉。
「晴れてよし曇りてもよし富士の山

もとの姿は変わらざりけり」
この言葉にある不動の心境を私も実感できるようになりました。
また、ひとつ、悟り。

山田豊治





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