奇跡の逆転勝利!

2019-10-27

おはようございます、山田です。

今日は、30数年前の憧れの女性と再会?した話。

いや、再会ではなく、ちょっとだけすれ違った、かな。

さて。

「世界は自由だ。」

これに続いて、「私は好きなことをやる。」

海運王と言われたギリシャのオナシスの言葉です。

今の私は、これを日々、実践しています。

ああ、いまの悟りを30年以上前に得ていたらなあ。

うう(泣)

数日前、私は、懐かしい阪急の「西宮北口」の駅に降り立ちました。

そこのフィットネスクラブでトレーニングするため。

トレーニング後、デッキでくつろいでいると。

中年の女性が階段を急いで降りていくのがみえました。

「あれ、Jさんじゃないか?」

懐かしいJさん。

30数年前、同じ西宮北口にあったエグザスというスポーツクラブ。

いま、私の通っている「コナミ」の前身です。

数千人もいた会員のなかで、男性の人気ナンバー1だったのがJさん。

19歳で銀行に勤めていたのです。

身長165センチほど、細身ながら、よく筋肉のついた手足。
長くて美しい黒髪。
言葉にできないほど魅力的な顔、優しい性格。

私も「めちゃくちゃにエエ女やなあ」と憧れていましたが、
それだけでした。

しゃべるきっかけもなかったし、「超高嶺の花」でした。

しかし。

ある日、平日の夜。

「武庫川にジョギングに行くべえ」
とフロント前で準備体操をしていると。

Jさんがかっこいい(ほんとにかっこよかった)ジョギングスタイルで、

「山田さん、一緒に走ってもらえないですか?」
と言ってきたのです!

私の心の声「なぜ、俺の名前を知っているのや?」

楽しく、天にものぼる心地で、
一緒にジョグしました。

その後、居酒屋で、一緒に飲みました。

その場で、聞いたのです。

笑い話となりますが、

「なぜ、俺と一緒に走りたいの?」と聞くと。

「女の子には夜のジョギングは恐いの。

それで最適のボディガードを探していました。

他のランナーの人、細いし、筋肉ないし、『頼りない』。

山田さんを見て、『この人だ』と思いました。」

ガックリしましたね(笑)。

しかし、後で聞くと

「ほんとはそれだけじゃなく、
なんとなく『山田さん、いいなあ』とずっと思ってたの。

『山田さんは他の男の人とはなにか違う』という感じ。」

「それで、勇気を振り絞って、ジョギングに誘ったの。」

「でも、山田さん、私の気持ちに気がついてくれなかったの。」

ということらしいです。

直接、聞かなかったので、つき合うこともなかったです。

しかし、惜しいことをしたものです(泣)。

長くなりましたが、そのJさんが、
目の前を急いで階段をおりていったのです。

「まあ、ええか。

いまさら、会ってみてもなあ。」

それでも想いは30年前に戻ります。

「ああ、あの頃、今のような自由な心境ならなあ。」

当時の私。

・株式投資の失敗で借金まみれの叔父の会計事務所勤務。
(86歳の今も借金返済のために細々と会計事務所を続けている。)
・私は、賞与なし、社会保険もなし、月給も激安。
・それで、自分に自信がなく、彼女も誘えなかった。

30年前。

・真面目にやっていた。
地道にコツコツやっていればいつか幸せになるとおもって。

・いつまでたっても幸せにならない。

・忙しくなるだけで、トレーニング時間もなくなっていった。

・自由になりたい!

・30年前のあの頃から。

低賃金で長時間拘束される社畜の日々が長かったです。

いまの私。

完全に自由になり、ストレスは0です。

仕事、トレーニング、休憩(仮眠)、仕事、トレーニング、休憩etc、、、、、。

もちろん、ゴールドジムにも行きます。

しかし、風呂とプールが良いので、

西宮北口中心で過ごすことになりそうです。

西宮北口、知っている方も多いと思いますが、
私の青春の想い出たっぷりの街でもありますので。

「山田さん、ほんまに自由気ままやな。
宝塚に事務所もあるし、家でも仕事でけるのに。
羨ましいー!!」

はい、そうですね。

10年前の「奴隷状態」からは考えられないほどです。

ほんとに夢みたいです。

最近、友人で「生命保険日本一、同時に損保でも日本一」(日本人で一人しかいない)という人から。

「山田さん、ほんまに『中高年の星』やで。
人生の奇跡の逆転勝利や。」
と言われました。

「奇跡の逆転勝利」かあ。

いま、静かに自分の胸に手を当てて、「奇跡の逆転勝利」の要因を考えると。

2つあります。

1.モチベーションをくれた東京オリンピック1万メートル。

2.2つの質問。

この2つ。

1.モチベーションをくれた東京オリンピック1万メートル。

私の頭のなかに住みついた映像。

これが私の潜在意識に力をくれたようです。

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東京オリンピック最初の決勝種目。

陸上競技の「男子1万メートル決勝」

優勝したのは、アメリカのビリー・ミルズ。

インディアンとの混血です。

ミルズは、近代オリンピックの歴史を通じて、
初のインディアン出身の金メダリストになりました。

ミルズの優勝は、
今でも「オリンピック史上最大の逆転劇」と言われています。

・試合前のミルズの記録は29分10秒ほど。
当時の世界記録と比べても1分も差があり、ランキングは数十位でした。

誰も予想もせず、名も無いビリー・ミルズは、死力を尽くします。

インディアンとして差別されて、大学の数々の大会で優勝しても
写真には出ることを許されなかったこと。

差別のために兄と慕う人が自殺したこと。

無数の怒りをエネルギーにして、死力を尽くして、
実力的には数段上の世界ランカーに食らいついて行きます。

そして、ラストになると。

世界記録保持者のクラーク(オーストラリア)は、
肘鉄で、ミルズを外側にプッシュ。
その2人の間にガムーディ(チュニジア)が、
無理やりに入り込みます。

リズムを大きく後退したミルズ。

ここから、奇跡が起こりました。

ミルズの怒濤のようなラストスパートが始まったのです。

当時、小学4年生だった私でも「あかん。まにあわへん。無理やろ。」
と思っていたほどの距離が縮まり、ミルズは優勝したのです。

鳥肌が立ちましたよ。

「すげえ。人間の底力はすげえ。」

ミルズは、自己記録を一挙に45秒以上も縮めて、
24分24秒のオリンピック記録で優勝したのです。

その後の表彰式でのこと。

反則をしたクラーク、がムーディを従えて、
表彰台の中央に立ったミルズ。

アメリカ国歌が吹奏されて、星条旗があがっていくのを観て。

男泣きをしました。

溢れる涙をこらえきれずに男泣きです。

「泣きたくなった。そして、泣いた。」

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卑怯なクラークやガムーディに堂々と勝利したミルズの勇姿は、私の頭にこびりついています。

この奇跡のような物語は、カナダで映画になりました。

Running brave 1983

映画の1時間36分20秒くらいにクラークの肘鉄、

ガムーディの割り込み、

そして、オリンピック史上最大の逆転勝利と

言われるミルズの奇跡のラスト・スパートを見ることができます。

ミルズは、その後、実業界でも大成功して、

同時にインディアンの身分の向上のために働いています。

私自身の奇跡の逆転勝利もこれをモデリングしてます。

ただし。

注意する事。

この話、モチベーションはあがります。

でもね、それだけではだめ。

例えば、50歳までサラリーマンのかたが独立を志しても。

彼の脳味噌からでてくる発想、価値観は、サラリーマンのそれ。

他人を利用して、自分の価値観を(辛いけど)

変えないと独立は、絶対に無理。

私は、10数年、コーチ(美女が多い)を雇う事で、

成功しました!

2.2つの質問。

「自分の好み、感性はさておき、いま、現実になにが起きているのか?」

「今はやりたくない、したくない。これが行動を先延ばしする充分な理由になるか、豊治。」

2つの質問については、次のメルマガにて。

山田豊治





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