静かな絶望の人生

2020-04-29

おはようございます、山田です。

突然ですが、「静かな絶望の人生」ってわかります?

「俺には能力がない」と自分で自分の限界を決めて、

我慢して、日々を過ごす。

そう、ほとんどのひとの人生です。

「20歳にして死に、80歳にして墓に埋められる」

これも同じです。

実際に肉体的に死ぬのは80歳ですが、実質的には20歳で死んだような人生。

私の青春、20歳後半から30歳代、まさにそんな人生でした。

反省します。

さーて。

昨日の朝、私は、阪急電車の西宮北口に降り立ちました。

西宮北口にあるコナミスポーツクラブを偵察。

スポーツクラブは、コロナで休館。

「お客様各位

日頃より弊社施設をご利用いただき、誠にありがとうございます。
弊社は、4月7日付の政府による緊急事態宣言、
および現状の新型コロナウイルス感染拡大の状況を鑑み、施設を臨時休館といたします。

皆さまにはご不便をお掛けいたしますが、弊社といたしましても、
新型コロナウイルス感染拡大防止に向けて全社を挙げて取り組んでまいりますとともに、
可能な限り、皆さまの健康維持に向けた取り組みをサポートしてまいります。
引き続き、ご理解とご協力を賜りますよう、宜しくお願い申し上げます。」

あーあ。

しかし。

「はんまに懐かしいなあ。」

西宮北口に降りるたびにそう思います。

この街は、私の青春そのものみたいなものなのです。

西宮北口で過ごしたのは、20歳代から、30歳代のはじめ。

20歳代にあちこちの仕事を転々として、叔父の税理士事務所に勤め始めました。

同時に西宮のエグザスというスポーツクラブに通いだしたのです。

ほんとは「税理士の資格を取る」という目標があったのですが。

「俺の頭では無理」と決めつけて、筋肉のことだけを考える毎日(泣)

天才脳にアップデートする方法」に出会っていたら、

税理士になり、客もあったので、悠々と暮らしていたかも。

しかし、当時の私は、怪力と筋肉だけの男。

あ、それとプラス、中国拳法の自己催眠術、「CHI」はマスターしてましたが。

テレビのビックリ日本新記録で優勝したり、
ベンチプレス等で怪力を披露して得意になっていました。←阿呆です。
そういうことにしか自己催眠を使えなかった。

なんか、自分の限界を自分でつくってました。

「俺は筋肉だけの男」

それには理由がありました。

私は、兵庫県の篠山市で生まれて、小学校2年まで三田市で育ちました。

成人するまでのトラウマは。

1.転校を2回。「好きな人とは、長く一緒にいられないのだ。」と思い込んだ。

2.ガス湯沸かし器の操作を誤り、爆発させた(小学校5年生)。

父親から、「お前は、成人してからも失敗続きの人生をおくる。」と言われ続けるようになる。

はい、これはしつこかったです。

実の父親から、毎日、毎日、すりこまれたのですよ。

しかし、私の親父は、酷い奴でした(笑)

「単なる地方公務員で、一生、『なにもせずに』過ごした父よりも自分のほうが遥かに立派な人間。」

人生を変えて成功した今は、こう思えるようになりましたけど。

当時は暗示にかかっていたのですね。

また、収入を増やすために「親父よりも大きな収入を得てもいいのだ。」と悟る必要がありました。

まあ、阪神大震災とかもありましたが、平穏無事に40歳代になります。

大多数の人と同じように「静かな絶望の人生」をおくっていました。

40歳代で人生が激変します。

藪医者の判断ミスで死にそうになります(盲腸を風邪と誤診された)。

入院前に「大腸が悪い。癌かもしれない。」と医者に言われました。

物凄く怖くなり、物凄く考えました。

「俺、人生で何もやっていない。
このまま死ぬのは嫌や。
死ぬ前に生きた証を残してから、死にたい。」と心底、思いました。

幸いにして、生還して退院。

「生きよう!全力で生きてみよう!ほんとの俺の人生を生きてみよう!」と決心しての退院です。

会社に復帰すると新入社員が2人増えて、私の仕事は無くなっていました(笑)

しかし、一度「死ぬ」と覚悟した人間は強いですね。

少々のことで、へこたらなかったです。

・突然、ポンと「スロートレーニング」というアイデアが出た。
実は、昔から、知ってはいたのですね。

・会社が身売りされるときも奇跡的に全てがうまくいく。

・突然、優秀な人達と知り合えるようになる。これ、不思議ですね。それまでの人生では全くなかったことです。

・たまに「本当ですか?」と聞いてくる方もいます。メルマガで実名を上げた方にでも聞いてください。全て、実話です。

こんな感じで、40歳代後半から50歳代の今までは、順調にいくようになりました。

周りの環境は、「会社の売却」「100年に一度の不景気」と悪くなっているのですが、
私は、それをエネルギーにしています。

もう一度、人生をやり直せるなら。

西宮北口で過ごしたあの頃に戻りたいです。

そう、私の青春時代、一応は平穏無事な時代でした。

日本はバブルの最中で「21世紀は日本の世紀」と言われた時代。

しかし、私の心の中は、未来への不安で一杯でした。

潰れかけの会社に勤めて、給料も安かったので、最愛の人に「山田さんの将来は不安。頼りない。」
と言われて、ふられました(泣)。

そんなことを考えながら、西宮北口を後にした私です。

山田豊治





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